大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所飯塚支部 昭和44年(ワ)145号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

(編注―大阪高判昭和四〇年一〇月二六日下民一六・一六三六および最判昭四二年一一月一〇日民集二一・二三五二各参照)

〔判決理由〕稼働能力低下による損害

右損害については、原告は後遺症により生じた稼働能力の低下による将来の所得逸失の損害賠償を求める趣旨であるところ、原告の月平均収入額につき少くとも二万円を超えることは窺えるが、その額を確定するに足る立証がないことは前判示のとおりであり、本件損害についても右二万円をその算定の基準とすれば、その損害額はその正確さを期し難いところである。しかし二万円を超える額につき原告にその稼働能力低下に伴う損害が生じたであろうことは確認しうるので、かかる本件の事情に鑑み、原告が事故前井上精花堂に日給一、五〇〇円余りで勤務していたことから、原告の当時の稼働能力はこれを金銭に見積ると日給一、五〇〇円位と推認しうること、そうして月二五日の稼働日数として月平均三七、五〇〇円前後の収入を得ることが出来る能力を有していたものと認められること、以上の事実を本件損害の算定資料として採用するのがより客観的に妥当な損害額を導くに相当であると解する。蓋し、原告において将来右稼働能力を利用し右相当の所得を上げうる余地は十分存し、また本件損害は稼働能力の低下による将来の所得逸失に基く損害を求める訴旨であり、将来を予測して算定される不確定的要素を多分に有するもので、その算定につき事故前の具体的平均収入をその資料として用いるか一般的により妥当な結果を得られるというに過ぎず、右具体的収入が不明確の場合右にかえて稼働能力自体の評価額をもつて算定資料とするも、右がいずれも単に能力低下による損害の評価算定方法の相違にすぎないことに照らし可能と考える。

しこうして<証拠>によれば、原告は明治四四年三月二三日生で事故当時五七才の男子であり、昭和三九年頃まで炭鉱に掘進夫として勤め、その後一年間は関西方面に出稼に行き鉄工関係の仕事に従事していたが、爾後自宅で染物、洗張り、家紋書きなどの仕事を営み、主として手先を使用して文字、図案等を書く仕事に携つていたこと、染物等の技能は昭和一五年頃修得し、炭鉱勤務中もアルバイト程度に染物等をしていたこと、本件事故による受傷で左上肢の関節機能が減退して挙上運動制限が生じ、利腕である右手を上下左右に動かすことがやや困難となり、仕事に不便を感ずるようになつたこと、右後遺症は自賠法施行令二条別表の後遺障害等級表による等級の一二級一二号に該当するものであること、以上の事実が認められ右に反する証拠はない。右認定のとおり、原告がその身体的機能の回復困難な高令者であること、その職種職能、受傷の部位ならびに労働基準局長通達による労働能力喪失率表によれば一二級の後遺障害等級は一四パーセントの喪失率に該当するとされていること等を勘案するとき、本件受傷による原告の能力喪失率は一五パーセントと認めるのが相当である。そしてその継続期間は第一一回平均的余命表によれば五七才の男子の平均余命は17.40年であることや原告の職種に照らし、少くとも原告が六五歳に達するまでの八年間は継続するものと認めるが相当である。

以上の事実により原告の稼働能力喪失による損害を算出すれば<次の算式

で得られる>金四四四、七五七円(円未満切捨)となる。(川本隆)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!